戦後短篇小説再発見ー事件の深層

講談社文芸文庫の『戦後短篇小説再発見ー事件の深層』。その前に読んだ本(『せどり男爵数奇譚』)から間を開けず一息に読んで、次の本(『狼の太陽』)にすぐ行ってしまったのですが、何か書いておきたくなって。この戦後短篇小説再発見シリーズは、テーマごとに集められた昭和の短篇がいろいろ入っているアンソロジーで、はずれがなくてたまに大当たりもあったり。今回は大当たりはなしで、全体的に面白かったです。


武田泰淳「空間の犯罪」:タイトルで妙に説明されてしまう感じがもったいないかも。
松本清張「火の記憶」:情念も視覚性でも美しい小説。
三島由紀夫「復讐」:こうやってアンソロジーで読むと三島由紀夫の書く犯罪は動機が明らかに幼すぎる気がします。子どものような怖がりぶり。でも好きです。
椎名麟三「寒暖計」:共感も理解もさせないタイプの犯罪。哀れ。
倉橋由美子「夏の終り」:サガン風味。少女全開。いやになりますが、三島由紀夫といい倉橋由美子といい、描写の精緻なところは読んでいて圧倒的な快感です。若さと観察眼の精密さ(=意地悪さ?)が比例しているパターン。
大岡昇平「焚火」:女って愚かで社会から虐げられていて可哀想だー的な大岡昇平の書き方がうんざりなのだけど、本書の中で一番ダイレクトに小説家の歪みが伝わってきた作品のせいか、時間が経つほどに忘れ難くなっている一編。
野坂昭如童女入水」:もっとも完成度の高い一編。文楽で完成度の高い舞台ほど「現実もこうだったのではないか」と思わせられるのと同じように、こういう女性は(結末がある、という点を除いて)絵空事の存在ではないと思う。
中上健次「ふたかみ」:路地シリーズ。中上健次の他作品でもよく出てくる描写、よく出てくる登場人物。谷崎の某作品の本歌取りということなので、結末への向かい方は珍しいなと思いました。意外にというか、中上はキャラの描き分けが苦手だったのかな(そういうタイプの作家も良いとは思いますが、今は食傷気味です)。
宮本輝「紫頭巾」:おお、宮本輝のこういう戦後大阪ものを読めて嬉しいです(って中上健次と同じく宮本輝パターンの登場人物ではあると思うのですが、陰惨な生活を、ほんの少しだけ安全圏にいる少年からの視点で語るという。彼には物事の一部しか見えていなくて、大きな「社会」を読者に推測させていきます)。
藤沢周「ナンブ式」:本書でもっとも意味不明な犯罪。暑くなると変な目に合うから気をつけなさいよ…という教訓までうっかり得てしまうほど。なまなましいです。