船旅の絵本

柳原良平『船旅の絵本』(徳間文庫)。
おいしいものを食べて飲んで遊んで泳いで、空の青海のあをにも染まずただよふ、目的地に着くまでが目的のような旅が船旅だと筆者はいう。けっこう私にも向いてるんじゃないのと思いつつ、読み進むうち、やっぱり夜のビンゴゲームや競馬、数々の遊び事と社交はカッコよく参加できそうにない(笑)。船旅もいいけど、トランク1個分の本と着替えを持ってホテルに長逗留し、おとなしい猫のように引きこもり、気が向いた時だけこそっと食堂に出没するほうがきっと向いている。ああでもやっぱり、そんな閉鎖型の私でも、ひととき海に開放されるよう。よく豪華客船をホテルがそのまま船になったというけれど、船のクルーはどんなホテルマンよりもきびきびとしていて、しかもとても優しいみたい。


オールカラーでたくさんの挿画が入っている。青やエメラルドグリーン、レモンイエロー、画面が引きしまる黒と白、赤、朱色、あるいはぱきっとしたトリコロールの色合わせなど。ピスタチオグリーンとチャコールグレーと薄いオレンジの組み合わせも大好き。ぴったりと定規をあてられたような線。印象的な画そのものに、ブロックをきっちりと積んだような文体。
あとがきによると、

この本は、船旅というテーマによるボクの画集でもある。カットのような絵を配した本はこれまでにも出したけれども、本格的な色着きの絵をこれだけたくさん並べたものは、この本がはじめてである。色刷りの豪華版を出しなさい、という多くの読者の方々のご意見に甘えてこの本を計画した。その代りすべてこの本のためにつくった最新作の絵ばかり二百点以上である。シャープな線が好きなので、筆を使わずにカミソリでカラーペーパーを切り、螺鈿細工のようにはり込んで作ったもの。

切って貼ってあるんだ〜!


豪華客船に乗る楽しみとハウツーがいろいろ書かれている中で、夜の社交時のおしゃれとしてタキシードのことを書いているのがちょっと得した気分。クラシックはまりしてから、タキシードや燕尾服などについてのまめ知識も大募集してるのです。
船で出会った印象的な人々、という項目で懐古されているのが、美男美女ではなく人間くさい中年の男女ばかりで、嫌なヤツ!と好き放題の悪口のような書き方になっているのも面白かった。海という全開放の中にある船/閉鎖空間は、優雅で自由で、可笑しくってとても魅力的な時間を生むのだろう。
ゆうゆうとカモメが空を舞っている。


学生時代の夏休み、舞鶴から小樽へ行くすずらん丸で2泊したのが船の長旅といえば旅。特にこれという事件もなく、花札とおしゃべりで仲間とわあわあ遊ぶうちに、退屈するひまもなく到着したのだった。夜中にふとデッキに出ると、なまぬるい潮風とともに、ザワザワ波立つ暗い大海原をどっしりとした船が一瞬もとどまることなく快速でひた走っているのが感じられた。曇っていて星は見えない。肌とにおいの感覚だけがある。お風呂は明るくてきれいな大浴場だった。そのころロングヘアだったので、デッキで髪がはたはたとなびいた。乾いているような、しめっているような、不思議な手触りだ。船室は、学生だから一番安い大部屋。1人につき、畳二畳ぶんのスペースをもらって北海道まで運ばれてゆく。船酔いは全くしなかった。
昼と夜の船の風景がぱたぱたと切り替わって頭に浮かんでいる。


解説の山口瞳さんが面白い。柳原さんの描く船の画の良さを解説し、人柄を個人的な視点から教えてくれるもの。山口さんと柳原良平さんと開高健さんはサントリーの宣伝部で机を並べていたそうで、「躁鬱のソウに当たる柳原」「躁鬱のウツにあたる山口」というコンビなんですて。開高健は何なのだ(笑)。