プラハとパリの二都物語

中野振一郎さんチェンバロ
合奏にコレギウム・ムジクム・テレマンの皆さん。高槻現代劇場にて。

・J.A.ベンダ:シンフォニア ト長調チェンバロと弦楽)
・F.ベンダ:チェンバロとフルートのためのトリオソナタ ト長調チェンバロフラウト・トラヴェルソ
・A.フォルクレ:クラヴサン組曲 第5番 ハ短調チェンバロ独奏)
          ラモー/ボワッソン/シルヴァ/ジュピター
休憩
・A.E.M.グレトリ:シンフォニー ニ長調チェンバロと弦楽)
・A.L.クープラン クラヴサン曲集より(チェンバロ独奏)
           アルマンド ト長調
           クーラント「ドゥ・クロアッシィ」ト長調
           「悲しみ」変ロ短調
・J.A.ベンダ:チェンバロ協奏曲 ロ短調チェンバロと弦楽)


プラハとパリ」というテーマで、チェコバロックとフレンチバロックの曲目が並びました。かっこいいチェコ、おしゃれなフランス。チェコの曲(ベンダ兄弟の曲)ではチェンバロと他の楽器が対等ではなく、チェンバロが最初から最後までがんがん弾いて、たまに他の楽器が合いの手を入れるというのが興味深く思われました。ゆるがぬ大木にときどき鳥が来たり風が吹いたり雲がかかったり。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがハモらずにお揃いのメロディをそっと弾き、チェンバロが大きく笑うようにそれをかき消していきます。はかない感じがしてきて、諸行無常というか、どっしりとした運命の重みと風のそよぎの一瞬の優雅さの対比に、初めて聞く文化が感じられました。曲の終わりだけ、皆がばしっと揃えて目がさめる。チェンバロ独奏は「ジュピター」はじめ低音を効果的に使い、デモーニッシュな曲が多くかっこいい。でも宮廷でこんなのがBGMに流れてて、落ち着くのか不思議です。
フランスの曲だと文字通りの合奏。どの楽器もしっかり音を出し、軽妙洒脱で聞く者の気持ちを明るく盛り上げてくれます。悲しみもふんわりとした膜につつまれている。フレンチバロックは誰が弾いても誰が聞いてもあまり失敗がない選曲かも。
アンコールにバッハ様のG線上のアリア。これは誰もが知っている曲ということでサービスなのですが、急にバッハ様になってもちょっと気持ちが入らないし、あんまりそういうサービスはいらないので、チェコやフランスの小品を弾いてくれたらよかったのにな。



コレギウム・ムジクム・テレマンは関西を拠点にしているバロック音楽の合奏団で、バロック・ヴァイオリンやバロック・チェロ、フラウト・トラヴェルソなど古楽器を演奏します。私の好きな楽器ヴィオラ・ダ・ガンバはいなかった。。。フラウト・トラヴェルソも前にも聞きましたが素朴な音色のする木製のフルートで、「笛」というものが横笛(フルート)と縦笛(リコーダー)にきっちり分かれたばかりの頃の楽器です。リコーダーのバロック版はフラウト・ドルチェと言うんですて。かわいい名前。
ちなみにチェンバリストとピアニストは基本的に重ならない(と思う)のですが、バロック・ヴァイオリンの奏者はモダンのヴァイオリニストとしても活動されるし、フラウト・トラヴェルソの奏者はモダン楽器のフルートの奏者としても活動されているのが普通のようです。おれらどっちも普通に弾けるよ、て感じ。ぞろぞろと出てきた皆さん、30才前後にしか見えず、若ーい。燕尾服の正装ではなく、それぞれスーツにドレッシーなネクタイをしめたりピンクや黒のかわいいワンピースを着たりしているので、正直、同僚の結婚式に参列する途中のサラリーマン(営業部)に見えます。彼らを率いる40代の中野さんもぴたりと合ったグレーのスーツにネクタイで、さしづめ切れ者の営業部長。しかしこの営業部集団(すいません)が楽器をかまえるや楽師集団に早変わりし、18世紀ヨーロッパの宮廷で愛された音楽がやわらかく響きはじめます。途中で中野さんがマイクを持って話し始められた時は、すわ営業トークが…!と笑いをこらえるのに必死でしたが、もちろん営業ではなく曲の紹介や演奏旅行の話など。でもSNSの日記にも書きましたが、実際にしゃべり始めた営業部長がまたコテコテの関西弁で、浜村淳のようにとうとうとフランスやチェコの作曲家について教えてくれはりました。おもしろかった。17世紀、チェコプラハはウィーン以上に音楽の都だったんですてー。今でもチェンバロを作る会社はチェコにたくさんあるそうで、でも演奏者の伝統がすたれてしまったのか、日本の方がチェンバロの演奏会がずっと多いとのこと。今年中野さんはチェコに演奏旅行し、小さな町でもすぐにチケットが完売して、とても歓迎してもらったそうです。グレトリやクープランマリー・アントワネットに保護されたフランスの音楽家。中野さんの演奏そのものはドンピシャで好みとまではいかなかったのだけど、いろいろ聞けてとても楽しい会でした。
休憩時間にはコーヒーもくばられ、聴衆のおっちゃんやおばちゃんは皆、調律師さんに覆いかぶさらんばかりにしてチェンバロをとりかこみ(私も遠くからそっと見てた)、「小さいもんですなあ」「大きいのも小さいのもいろいろあるんですよ」「これはどこ製ですのん?」「日本製、あっそこはさわらんといてください」「いやあ、すいません」「ほら、この羽根で弦をひっかいて音を出すんですわ」「あらあすごいもんやねえ」「シンフォニーとシンフォニアはどう違いますのん?」「ほとんど違いはないですよ」と次々ににぎやかに。確かに今回のチェンバロは今まで聞いた中でいちばん小さかったと思います。そもそもチェンバロはピアノより楽器の規格が統一されてないのか、ドイツモデルとフランスモデルでは音がだいぶ違うし、見るごとに大きさもまちまちですね。鍵盤の数やストップの種類の多少がずいぶん違う。今回のは日本製だそうですが、フランスモデルの感じでかわいらしい楽器です。音もそんなに大きくありません。わんわん響かなくて聞きやすかった(ドイツモデルはものすごく魅力的かつ怖い…)。