大理石の広間にこぼされたミルクの存在感で彼女はそこに佇んだ。
 広間の中央からぐるりと一巡、四方向の壁を見る。まるで彼女の目線にあわせた、かのように、彼女だけに見つかる黒い鍵穴。うっすらむこうに、ひとのこころが跳ね回る。みじかい羽音が聞こえている。
 もういちど。あけてもらわないといけないのかもしれないわ、ゆうべ苦渋に口を塞ぎつつ幼なじみが口にしたことも。
 初回、つべこべ言うなと大きく彼に怒鳴られたことも、あの人が注意深く長い耳を澄ませていたことも記憶には残ったままだ。
 ふたたび近しい未来に、閂の内は呪いの業火。口をきかなくなった彼の深層心理へと強引に踏み込む事態に陥るかもしれない、けれども、皆さん。彼女は背筋を伸ばしたままで声なく語っては、そこで笑う。案外皆さんは立ち入っているんですけどね、壁を、壊して、床を、抜き、痛みのともなう方法で。そして、その生傷の多い方法が、人間らしくて、とても、とても愛しく思う。こうやって。
 鍵などをつかうのは私ひとり。


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鍵穴に鍵を合わせるようにして人の心をはかることからの空想。