コッパード

天来の美酒/消えちゃった (光文社古典新訳文庫)

短編集なので、ちびちびと。
1編目、眠たくなるような夏の日盛りのもとで起きた不可解な出来事の理由が一言も説明されず、本当にそんな出来事が起きたのか、登場人物の誰かが実は狂っているのではないかという疑いも浮かび、圧倒的な謎にへなへなと座りこんでしまいそうになる「消えちゃった」を読む。
……が、ぼう然としたあと、気を取り直して再読して、せっせと探偵してまわるのである。なぜ?なぜなぜ?手がかりは3人の人物像にあるのか、「フランス」にあるのか、「都会人が田舎という異界に行く」ことにあるのか、しかし田舎の「警察」のひどく理知的なこのたたずまいは何。
たぶん、それらに注目しても謎そのものは解けないのでしょう。
でも注目してしまう。社会とか、人物たちの一言ひとことに。作者は、読者を混乱させるために書いているのではなくて、きっと光景をそのまますんなりと描写している。その結果、謎が肯定されている。この幻想小説の、軽やかな空虚に気づいた時、愛しさにめろーんとなってしまいました。
続いて「天来の美酒」を。主人公を瞬時にとりこにしてしまったファム・ファタルに、ゴーティエの「クラリモンド」を思い浮かべる。しかし吸血鬼だったクラリモンドに比して、ソフィーはきっと吸血鬼ですらない。
ここでの美酒は、ビール。モームの「お菓子と麦酒」といい、イギリス人は麦酒好きなんだな。男女問わず昼食のお供にビール、すごくおいしそうに飲んでます。