幸田文のマッチ箱、レモンタルト

幸田文のマッチ箱 (河出文庫)

村松友視幸田文のマッチ箱』(河出文庫)。
作品を読みつつ作者の人柄や実人生に思いをはせ、またそれを作品の読みに還元していくという愛読者ならではの幸田文論。最初は幸田作品の引用が多すぎじゃないかと戸惑ったけれど、徐々に共感が増し、着物をまとう時に性感をおぼえるという文さんの言葉に注目した「性と結婚」にはそうそうその要素に注目するよねとうなずき、「語り口と文体」では“文学のけはいをただよわせた文芸の大海原”という結論が腑に落ち、「この世学問」「渾身」「崩れ」とスケールを増しながら次第に村松さん独自の世界へ語り進んでいく本書に寄り添って、そうだった、私も幸田文の愛読者なんだ、幸田文の本に愛されたひとりの読者だったのだと目のさめるような思いで自分自身を見つめ受け入れることができました。とても幸福な気持ち。
村松さんはもともと中央公論社の編集者でしたが、幸田さんに仕事をたのむことはほとんどなく、幸田さんから何かをたのまれることもほとんどなく、うんと年下の友人としてほぼ個人的に親しい交流を重ねたのだそうです。いい距離、というのがそこにあったのかもしれません。


レモンタルト

長野まゆみ『レモンタルト』。
ビー!エル!です。長野作品の共通パターンとして、視点を受の側に設定し、受を放置する攻×不運な受、という組み合わせがよく読み取れると思いますが、この主人公もなかなか不運な受ですね。レモンタルトな義兄ともども、幸せを願ってやみません。しかし不透明な未来を前にあがきながら、時にほのかな明るさで、時に優しく、色とりどりに彼らを癒してくれる日常の素敵な言葉たち。文のひとつひとつにやわらかい質感があります。読み終わって本から目をあげると、いつも周囲が少し違って見えるのです。
上司Yが非道な感じでおいしいです。