亜愛一郎の転倒、通話

まとまった感想を書きそびれていますが、泡坂妻夫『亜愛一郎の転倒』(創元推理文庫)とロベルト・ボラーニョ『通話』も読みました。『亜愛一郎の転倒』はとても愉快なミステリ短編集。文章もいいしストーリーも楽しませてくれるしセンスもいい。『通話』はチリ人の作家が書いた短編集で、読む人によって感想がかなり違ってくるタイプの本ではないかと思います。テーマはシンプルだと思いますが、描写が多くのものを含みもっているようです。14の短編のうち、最初の5編は「売れないけれど書き続ける作家」の話、次の5編は「政治の影で死とともに生きた男」の話、最後の4編は「暗いところで奇妙な人生をおくっている女」の話。14編はそれぞれ独立した別の話ですが、どれもスペイン語圏、つまりチリやメキシコやスペインの諸都市を舞台とし、共産主義197〜80年代の不安定な政情が背景にあります。
私も読みながら何度も世界地図を見たりして、とりとめなく様々なことを考えましたが、小説の縦軸に人と人のコミュニケーションの可能性、横軸に都市を流浪する人生の長い時間を据えているという根本は、21世紀の極東に住む者にも親近感のもてるテーマ。
ただその書き方の乾いて暗く、寒々しく、痩せた女の胸のような切羽詰まった宿命的な官能を漂わせていること。言葉にしつくせない暗黒の日々をおくる人物たちが、それでも言葉を書いたり読んだり話したり聞いたりして生きていること、公園で、映画館で、真っ暗なアパートの部屋で黙って座っている姿。横顔と黒髪に聖なる一瞬を幻視させる。美しくある必要はないと思うのだけど、読んでいると、やはり美しいのです。

twitterで「映画と似た魅力がある」という意のことをつぶやきましたが、この本に対して映画のように視覚的に洗練された場面描写の魅力よりも重苦しさや不可解さ、恐怖、あるいは笑いの要素を強く感じる人もいるのでは。


亜愛一郎の転倒 (創元推理文庫) 通話 (EXLIBRIS)