夏至遺文

塚本邦雄夏至遺文』。
掌編集。ユーモラスなのやら切ないのやらわけがわからないのやら色々だけども、やはり圧倒的に流麗な文章で、爽快感さえある。最後の掌編「蕗」は、久しぶりにこんなにお気に入りの1編を見つけた!とうれしかった。それから『塚本邦雄全集7巻(小説)』。「夏至遺文」の他に短歌ともう一つ小説が入っているのを借りる。ここ数日はバスの中でもずっと塚本邦雄を読んでいた。偏ってる…。

塚本邦雄全集〈第7巻〉小説(3)


「蕗」より。

時計を見ると三時半。雪は溶けて道は一面に大根卸しをぶちまけたやうな泥濘(ぬかるみ)になってゐる。…雪をわづかにかむつて既に〓〓(はこべ)に芹、薺(なづな)、蓬のたぐひがやはらかい緑を覗かせてゐる。七座が立止つてあれ蕗の薹と指をさす。萌黄色の蕾のやうなふくらみが腐つた藁の下に見える。今朝の「富貴」がほろ苦く舌の根に蘇り唾を吐きながら訴へると七座はにやりと笑つた。…炯介は身を屈めてそつと蕗の薹を掘り取つた。…

いちおう耽美カテゴリに入る小説で、雪を「大根卸しをぶちまけたやうな」とはあんまり出てこないと思う。それがまた可笑しな場面にぴったりなのである。日本語ナイス、日本文化ナイス。「大根卸しをぶちまけたやうな」という目で雪を見ている主人公を抱きしめたいくらいに思う、妻子のある男だけど。


伝統の文語を自在にあやつって、あふれんばかりの旧字と旧かな。