柳月堂

出町柳の駅前にあるクラシックの名曲喫茶が前から気になっていたので、行った。普通の喫茶店とはかなり違っているけど、とっても居心地いい所だったー。

入ってすぐのところに小部屋があって、もの静かで優しそうなお姉さんが面倒をみてくれました。「初めて来たんですけど…」と小声で言うと、小声でシステムを説明してくれる。まず喫茶室は2つあって、レコードは広い部屋の方でかけると言う。そこは飲み物が来て20分以上でチャージ料金500円がかかる。小さい部屋だと飲み物が来て40分以上でチャージ料がかかる。小さい部屋も音楽はよく聞こえる。小さい部屋は私語も可らしい。
「両方見て選ぶといいですよ」と言うので、そっと2つの扉から覗くと、広い部屋は奥にピアノとスピーカーがあり、雰囲気たっぷりのほの暗い照明。足元は音を吸いこむ深紅の絨毯、昭和から時がとまったようなインテリアはいかにも重厚な風情で、古めかしいアンティーク調のはしばしにビクターの犬が大中小いくつも飾られているのと、壁際に楽譜や本やレコードのつまった書棚の立ち並ぶさまが、どーんと貫禄をみせている。流れているドビュッシー交響曲もなかなか迫力の大音量、クラシックが部屋にいっぱいに満ちていて、それ以外は深く永遠のように落ち着いた一室。


ていうか、私の説明よりここ→を見た方が…(笑) 名曲喫茶:柳月堂(情報は少し変わっていて、コーヒーの値段がもっと安かったです)



ソファや椅子はすべてスピーカーに向けて並べられていて、大人が3〜40人座れそうだけれども、平日の夕方7時という時間のせいか、お客はわずか3人ほど。それぞれ私と同じくらいの年齢の男女で、本を読んだり何か書きものをしたり、クッションにもたれて目をつむったりして静かに過ごしている。奥のピアノの椅子には、大きな白いぬいぐるみが座っている…。そのあたりは、なんだか不思議な空間ではある。
それで、「こっちにします…」とその広い部屋にそろそろ足を踏み入れる。扉のそばの小机にノートと鉛筆が用意されていて、店が所蔵するレコードのリストが分厚いファイル3冊分あるので、リクエストがあればそれを見て書き込めとのことでした。ただし、ちまちまと注意書きがあったので読んでみると、リクエストは1人1日レコード1枚、前に流れている曲と雰囲気がかぶらないようにせよ、突飛な現代音楽は置いてないから注文されても困る、ノートにはレコード番号と作曲者と曲名をきちんと書け等と約束事が多い(笑)。

初めてのリクエストはショパンかリストの好きな曲にしようと心に決めていたので、ショパンソナタパデレフスキーさんのピアノで。
レコードのリストを見て、ソナタは3番だと思ってリクエストしたら2番の第3楽章のみの録音だったのだけど、「葬送行進曲」として有名なこの3楽章、仰天するくらい良くて、ソファにしがみつき、ふるふると震えつつ聞きました。パデレフスキーさん天才。ショパン天才。レコード特有の少しくぐもった音質が情感を豊かにしているのはあるものの、そんなのは些細なことです。ゆるりとした、しかし弛緩しないテンポや、力の抜け具合がとてもいい。悲しみに溺れるのでもなく、突き放すのでもなく、べたべたとなぐさめるのでもなく、ただそこに立っているだけの距離感。それでいて、すうっと沁みてくる曲。「墓場に吹く風」を表現していると言われているけれど、この風は荒涼としたホラーではなく、詩や文学の奥深さと優しさを持つ風。うっすらと、死神はかくもあろうかと思われて、涙さえ出ません。
他にショパンの有名ピアノ曲がいろいろ入っているアラカルトのレコードで、別れの曲も素直に聞けて良かったな。華麗なる大円舞曲や英雄ポロネーズは、もっと音の粒がクリアできらきらした演奏が好みなのだけど、部分部分ではおおと思わされる箇所がありました。たいへん満足なレコード。

そんなふうに満足だったから良かったんだけど、自分のリクエストが流れだす時って、ちょっとドキドキします。他の人も聞いてるから、いまいちなリクエストだったらどうしよう、とか。いや、そもそも初リクで葬送なんて縁起でもないんですけど。まあ、慣れると自意識過剰もおさまります。音量もすぐ慣れる、というか、交響曲はにぎやかだけどピアノ(とその次に流していた北欧の宗教曲っぽい合唱音楽)はそれでちょうどいい音量だと思いました。椅子席は椅子が古すぎて尻が怖いものの、ソファ席は体がすっぽりおさまってくつろげます。


1時間半くらいくつろいで、帰りに、「リクエストのレコード、(ソナタが)通しの録音じゃなかったので、お聞きしようかと思ったんですけど…」と申し訳なさそうなお姉さん。いやー、葬送が聞けたので十分っすよ。葬送ばっかり20回連続で流してほしいくらいでした。レシートを渡されて、次からはこのレシートを見せると、20分以上いてもチャージ料をとられないそうです。