笑い

今日は、本棚を整理して、よく使う辞書の位置をいいようになおしたり。
手にとった石原吉郎詩文集(講談社文芸文庫)を開く。敗戦後、ソ連軍によって民間抑留者となった筆者。収容所は食料のみならず食器も不足しており、2人で1つの食器を使うことになる。わずかな食事を公平に分けるためいろいろな方法がとられた。交互に一匙ずつ食べる方式は、同じ大きさの匙がない、匙のすくい加減を互いに監視するのがわずらわしいとすたれた。そこで同じ規格の空き缶を食器にし、1つの食器から2つの空き缶に毎食を分けるのだが、

…粥が固めのばあいは、押しこみ方によって粥の密度にいくらでも差が出来る。したがって、分配のあいだじゅう、相手はまたたきもせずに、一方の手許を凝視していなければならない。さらに、豆類のスープなどの分配に到っては、それこそ大騒動で、まず水分だけを両方に分けて平均したのち、ひと匙ずつ豆をすくっては交互に空罐に入れなければならない。
(中略)
 食事の分配が終ったあとの大きな安堵感は、実際に経験したものでなければわからない。この瞬間に、私たちのあいだの敵意や警戒心は、まるで嘘のように消え去り、ほとんど無我に近い恍惚状態がやってくる。もはやそこにあるものは、相手にたいする完全な無関心であり、世界のもっともよろこばしい中心に自分がいるような錯覚である。私たちは完全に相手を黙殺したまま、「一人だけの」食事を終るのである。


真実にせまりすぎた事実は、もはや冗談に思える。